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胎芽

命っていったいなんでしょうかね。
心臓が活動していること?
生きていること?
その存在が確認されたら命なんでしょうか。

それが京極夏彦著『魍魎の匣』を読み終わっての感想です。
なぜかと言うと、このお話の終わりの部分に、

『生命維持活動を続けている限り部分と雖も死んではいない。
だがそれは人間ではない。人間の腕だ。』


と云うのがあったんですね。
そこで私は思ったわけです。


じゃあ何処までが生きているのかと。


脳が活動していれば?
心臓が血液を生産していれば?

でもやっぱりしっくりこない。

まぁ正確にはその後で、死んでいるのじゃなくって人間ではないみたいなことを述べているんですけど。

だって、切り離した部分が人間でなくなっているとした場合、生体間移植って人間でないものを移植してしまってることになりません?

そんなことを考えていたら、人間なんていうのは、究極、個々の機能が活動しているから人間足り得るのであって、命なんていうものは存在しないのではないのかと思ってしまうんですよ。
だって、条件さえ整えば、どの機能でも暫くは機能し続けるんだし。
単に私が捻くれているだけでしょうか。

やっぱり、個々の生命体が集まっているものが命であり、命があるから生きているっていうのは違う気がする。

じゃあ次は人間手なんだ?という疑問に変わるだけなんですが。

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【2005/08/21 23:23】 | 感想 | Track back(0) | Comment(0) | Top






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